カナダでのコロナ禍の現地の状況を振り返る

K1ビザ

 

こんにちは、きりみです。

 

2020年の4月まで私がいたカナダですが、当時の状況を振り返ってみようと思います。

 

3月にコロナウイルスの影響で自分のビザ面接がキャンセルされ、私の精神状態はボロボロでした。

 

いまは、辛いことも全部ブログに書いて気持ちを整理することでスッキリ出来る部分があるのですが、当時はそれどころではなかったです。

 

だけど、そのときの経験や感情として忘れるべきではないと思うので、半年前のことを思い出して書いてみます。

 

いま私は帰国して日本にいるので、もしカナダのコロナウイルスの現状を知りたいようであれば、参考にならないと思います。

 

情報記事にするつもりで書いてないので、いつものように調べてソースとか貼ったりはせず、自分の記憶のままかきますので、ストーリーとして読んでいただきたいです。

 

 

 

コロナウイルスの始まり

カナダでコロナについての話題が出るようになったのが年明けぐらいからかな。

 

同僚とランチの時間のおしゃべりで「中国でなんか変なウイルスは流行ってるね。アメリカでも感染者出たらしいよ、怖いね」なんて会話をするようになりました。

 

「原因ってあれってコウモリ食べたからとか言われてるけど、あれまじ?信じらんないねー。」なんてイタリア人の同僚が言うと、中国人の同僚が「コウモリ食べたことアルヨ!うん、あとヘビとかもアルヨ。中国ではフツーフツー。」とあっけらかんと話したので、私含めその場にいた人ポカーン( ゚д゚)

 

その中国人の彼女は、初めから私に優しくしてくれて、いつも気にかけてくれて、大大大好きですが、「ヲイ、スゲェな。」ってそのときは思ったな(笑)

 

もし新型のウイルスが日本人が鯨を食べたことが原因って世界中で報道されてたら、「なんか、ごめんね…。」って私だったらあの場で言うかな。

 

「鯨食べるの全然普通だよ!滋養強壮にいいよ☆」っては言えない…言えないよ…。

 

 

それでもこの頃は、まだ何かよく分からない病気が遠い国で流行り始めて、私と全く関係ないことって思っていました。

 

2月になっても友人は南米に旅行に行ったりしていたし、規制はなにもなくトロントの街中も今まで通りでした。

 

 

 

カナダで初めての感染者

(記憶に自信がありませんが、確か)1月中旬にバンクーバーで初のカナダでのコロナウイルス感染者が出ました。

 

その後、私が住んでいたトロントがあるオンタリオ州で初の感染者が出たのが1月の下旬でした。

 

私たちはその報道がされた週末に、JCCC主催のお正月会に行ったのですが、用心深い彼はこのような大人数での集まりに最後まで反対していたのを覚えています。

 

 

2月からは、手洗いうがいの回数を増やしたり、帰宅後すぐにシャワーを浴びたり、感染しないように注意した生活を送るようにしてました。

(私は超雑女ですが、変なところが気になる人で、手の汚れやベタベタが大っ嫌いなので、日本にいるときから手ピカジェルは常に持ち歩いてました)

 

2月の後半くらいから、日本でトイレットペーパーが売り切れたりって報道がされたときは、「またまた日本人ってば心配性なんだからッ。」なんて完全に他人事と思っていたのですが、3月になるとカナダでもトイレットペーパーやストック食品などが店から消えました。

 

 

いよいよ、カナダにもコロナウイルスの影響を感じてきたころです。

 

 

 

パンデミックの始まり

 

ご存知のように3月になると、世界中で感染者が爆発的に増え始めました。

 

ヨーロッパにあるいくつかの米国大使館がクローズされ、ビザサービスが中止されたとの情報をVISA Journeyで見ました。

 

それでも、カナダにいる自分たちは大丈夫だと思っていたので、3月の中旬にオンタリオ州での非常事態宣言が出されたときは、まさに青天の霹靂でした。

 

日本の非常事態宣言の影響とカナダのそれはかなり違ったと思います。

 

レストランは時間を問わず店内飲食は全面禁止、留学エージェントや語学学校も営業停止となり、街から人が消えました。

 

私の友人らもみんな職を失い、ワーホリの子のほとんどはやむを得ずこの時期に帰国をしました。

 

緊急事態宣言がされた日からは日常生活すべてが変わり、ここからは状況がどんどん悪化していき、毎日新たな規制悪いニュースやばかりが入ってきました。

 

外務省や在トロント日本領事館から届くメールはほとんどが喚起でしたが、それでも日本語でリアルタイムで現状を知らせてくれたのは安心しました。

 

非常事態宣言の数日後には、アメリカとカナダの国境が封鎖され、その翌々日に私のフィアンセビザの面接がキャンセルになったとの通知が届いたのです。

 

 

仕事中にこのメールを受け取ったのですが、倒れそうになり全身の力が抜けたので、ボスには事情を話して早退させてもらいました。

 

ここから数日の記憶はないですね。

 

 

 

誰も経験したとこのないの未曾有の事態なので、何の予想をすることも出来ず、一体どういうプロセスを取っていいの分からず錯乱していました。

 

 

トランプ大統領はイースターまでには米加の国境封鎖を解除したいと言っていたので、その言葉に期待していましたが、国境はいまだに封鎖されたままです。

 

この頃私は、カナダのワーホリビザが切れたあともカナダに残って、国境が回復したときにアメリカに住む彼の家に滞在することを想定して、念のため観光ビザを申請します。(結局使わないまま帰国することとなりますが)

 

 

 

 

コロナ禍で働く使命感

 

非常事態宣言後のオンタリオ州では、政府が定めるessential businessに該当する会社の従業員しか出勤出来なくなります。

 

私が働いていた物流会社はessentialだったので、出勤スタイル自体はコロナ後も変わりませんでしたが、同じオフィス内の他の会社の人たちは半分くらいリモートワークになり、一気に人数が減りました。

 

オフィス内はコロナの注意喚起の張り紙だらけになって、蜜を避けるために休憩室でのランチが禁止になりました。

 

国際貨物を扱う会社だったので、飛行機が減便したことがかなり影響しましたが、私が担当していた仕事が皮肉にもコロナによってビジネスチャンスが増えて、当時私は仕事がかなり忙しかったです。

 

周りの人やお客さんから労いや感謝の言葉をかけてもらうことが多々あり、人々の生活を支えている仕事をしているんだと感じた瞬間でした。

 

レイオフをされた人へはカナダ政府がCERBという一時給付金を支給するようになり、そのスピード感・金額・私みたいなワーホリの短期労働者の外国人でも受け取れることには驚きました。

 

 

 

突然の帰国

 

申請中のアメリカのK1ビザとカナダのワーホリビザの事情で、帰国にも二の足を踏んでいて私達ですが、私の日本の両親の説得もあり、4月中旬に帰国することになります。

 

 

このときのツイートでかいた「晴れやか」っていうは本当の気持ちで、当時はとにかく予測できない未来に振り回されてばかりで困憊していいたので、帰国の航空券を買ってからは、これからは日本からスタートさせるんだという区切りが付けられました。

 

そこからは数日は大忙しでパッキングです。

 

私はコロナがなければ4月下旬に車で引っ越し予定だったため、彼の荷物もまるまるあったし、私の荷物も大量にありました。

 

日本の一時帰国は短期間を想定していたので最低限の荷物で、アメリカへの荷物がダンボール大3箱になりましたが、それは会社が保管してくれていて、私の渡米の目途が立ったら彼の家に発送してくれる予定です。T井さん見てますか?感謝してます、(*- -)(*_ _)ペコリ

 

 

帰国当日は、優しい優しい家のオーナーが空港まで車で送ってくれました。

 

このオーナー夫婦には半年間本当お世話になり、私のカナダ生活を支えてくれました。

 

ハウスメイト(家の中でなにもシェアしていないからルームメイトではない)だった唯一の友達も一緒に空港に来てくれて、お別れの時こんな私のために泣いてくれました。

 

空港ではオーナーがくれたデーツと友達が作ってくれたサンドイッチを食べたら感傷的になり、「嗚呼、いよいよ帰国するんだ」と自分のカナダでのワーホリと渡米計画がコロナによって壊されたことを改めて実感し、一人メソメソ泣いたのです。

 

 

 

 

現在のカナダの状況

 

カナダではずっと非常事態宣言が続いていましたが、7月頃にようやく解除されて、レストランでの店内飲食が可能になったり、留学エージェントなども対面でのサービスが可能になりました。

 

ビザをすでに持っていた留学生も渡航が可能になりましたが、ワーホリに関してはジョブオファーがないといまだ入国が出来ないようです。

 

カナダでの明るい未来に胸を躍らせ、すべて準備していた子たちが、現在も路頭に迷っているかと思うと胸が痛いです。

 

さきほど様々なサービスが再開されたと書きましたが、トロントでは第二波が来ているようで、10月10日からトロントでは再度レストランでの店内飲食やジムの営業が禁止になりました。

 

 

まとめ

 

冷静に振り返ろうと思っていたのに、当時のことを思い出すと感情的になってしまい、気付いたら6000字の超大作になってしまいました(;^ω^)

 

この経験はしたくなかったけど、いつかこんなこともあったねと穏やかな気持ちで振り返れる日がくればいいと思います。

 

 

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